familybusiness’s diary

家族で貿易商社を営む日々のあれこれ/オンライン読書会はじめました

映画録:万引き家族

是枝監督の最新作、「万引き家族」を見ました。

年金暮らしの老婆に寄生し、万引きや窃盗などの犯罪を生活手段としながら生きる"家族"を描いたお話です。

万引き家族と言っても、果たして彼らを家族と言えるか・・、というのはこの映画の大きな問いかけでもある。なぜなら、彼らは血のつながりを持たない疑似家族である。家出状態の少女や、拾われてきた子供とか、なりゆきで集まった人々に、父、子、祖母といった役割をあてはめているだけだ。けれど犯罪を糧に生きる万引き家族の生活は、ひょっとしたら本物の家族以上に瑞々しく、楽しそうで、愛情に満ちた生活に見える。

しかし曖昧で保障のない、薄氷の上にあるような彼らの生活は、物語の後半で唐突に崩壊していく。

 

この映画が逆説的に描くのは、本当の(血縁)家族の崩壊でもある。万引き家族の人々は皆、血縁の家族から捨てられてきた存在である。最年少メンバーである4歳のじゅりちゃんは元の家族から虐待を受けていたし、祖母役のお婆ちゃんも元の家族からは"捨てられた"と発言されている。

 

ファミリービジネス的に注目したい登場人物は叔母役の少女アキちゃんだ。裕福そうな彼女の本当の(血縁)家族における「オーストラリアに留学しているお姉ちゃん」とはアキちゃんのことだと気づかれただろうか。彼女は万引き家族において唯一、自分の意思と能力で元の家族に帰ることができた存在である。それなのに、万引き家族の崩壊後も、彼女は家人不在の万引き家族のあばら家へ足を向ける。

 

さて、彼女が万引き家族を選んだのは何故だろうか。

私の解釈だけど、万引き家族は互いに責任を負うことのない曖昧な関係である。それは娘だから○○できなければ、そうしないと居場所を与えない、といった家族の構成員としての義務・対価を求めない。そんな居てもいい、居るだけで肯定される、という関係性はきっと彼女にとって何よりも欲しかった物なのだろうなと思う。

 

家族が人々の居場所たり得ない社会。それに対して払わなければならない代償は余りに大きいのだろう。家業を営むものとしては、そんな家族の暗い面からも目をそらしてはいけないなと思う。

f:id:familybusiness:20180623100528p:plain